今回は、『斎藤裕仁(鹿児島鰻の社長)の学歴まとめ!甲子園出場の経歴がスゴイ!』と題して、
鹿児島鰻の社長・うなぎ王子こと斎藤裕仁さんの小学校から大学までの学歴をまとめて紹介!野球部キャプテンで甲子園出場の経験も?ということについてお伝えします!
34歳という若さで年商40憶を誇る鹿児島鰻の社長である斎藤裕仁さん。
そんな鹿児島鰻の社長の学歴が気になりますよね?
また、斎藤裕仁さんはどんな学生時代を過ごしてきたのでしょうか。
意外にも、野球に打ち込む高校球児だったことが分かりました!
そこで今回は、鹿児島鰻の社長・うなぎ王子こと斎藤裕仁さんの学歴にスポットをあててお伝えします!
それでは早速いってみましょう。
斎藤裕仁(鹿児島鰻の社長)の学歴まとめ!

鹿児島鰻の社長・斎藤裕仁さんの学歴を以下でまとめて紹介します!
小学校は?
鹿児島鰻の社長・斎藤裕仁さんの出身小学校については公表されておらず、特定できませんでした。
斎藤裕仁さんは地元の公立小学校に通っていたのではないかと考えます!
斎藤裕仁さんは、鹿児島県曽於郡の出身です。
なので、鹿児島県曽於郡にある公立小学校に通っていたものと推測します。
その理由としては、斎藤裕仁さんの幼少期は裕福な家庭ではなかったそうです。
斎藤裕仁さんが現在社長を務める鹿児島鰻は、父親が平成8年に立ち上げました。
そのころ斎藤裕仁さんは8歳です。
今でこそ、鹿児島鰻は年商40憶もの企業に成長していますが、創設当初はそこまでの経営状況ではなかったのかもしれません。
鹿児島鰻を創設した時期から考えても、斎藤裕仁さんの幼少期は裕福な家庭ではなかったという話も納得です。
これらの理由から、鹿児島鰻の社長・斎藤裕仁さんの出身小学校は私立小学校ではなく、地元である鹿児島県曽於郡の公立小学校だったのではないかと考えます!
小学校時代の斎藤裕仁さんは、野球に打ち込む少年だったようです。
中学校は?
鹿児島鰻の社長・斎藤裕仁さんの中学校は学校法人神村学園中等部です。
斎藤裕仁さんは以前インタビュー記事でこう紹介されています。
斎藤裕仁は神村学園の卒業生です。中・高等部では野球部に所属
引用:PRTIME
このことから、斎藤裕仁さんの中学校は神村学園だということがわかります。
神村学園中等部はこちらです。
神村学園中等部とは…
- 鹿児島県いちき串木野市にある併設型の私立中高一貫校
- 男女共学
- 偏差値50程度
- 6年間で大学進学を目指す「文理コース」・自分の得意なことでナンバーワンを目指す「得能コース」がある
斎藤裕仁さんは小学校の頃から野球に打ち込んでいました。
なので、甲子園の常連で野球の強豪校である学校法人神村学園への中学校進学を選んだのでしょう。
中学2年生の時には親元を離れ神村学園の寮に入り、野球部に熱中する毎日を送っていたそうです。
幼少期は裕福ではなかったという斎藤裕仁さんですが、斎藤裕仁さんが中学進学を考える時には父親が経営する会社・鹿児島鰻も軌道に乗っていたのかもしれません。
私立の中学校に進学させる余裕ができたということなのでしょう。
高校は?
鹿児島鰻の社長・斎藤裕仁さんの高校は学校法人神村学園高等部です。
中学の時に神村学園に入学し、エスカレーターで高校に進学したようです。
神村学園高等部とは…
- 神村学園高校は、鹿児島県いちき串木野市にある私立高校
- 「文理科」「普通科英語コース」「普通科調理・製菓コース」「普通科特別能力コース」「看護学科」「保育科」がある
- 看護学科は、看護師への最短コースで、看護師国家試験も高い合格率
- 男女サッカー部や女子野球部の強豪校で全国大会でも活躍
- 偏差値42~52
中学・高校でも野球部に所属し野球漬けの毎日を送っています。
斎藤裕仁さんの高校時代の野球での活躍については、後に詳しくお伝えします。
大学は?
鹿児島鰻の社長・斎藤裕仁さんの大学は東海大学海洋学部水産学科です。
東海大学はこちらです。
東海大学海洋学部水産学科とは…
- 生活を豊かにするため、環境を守りながら水生生物の増・養殖のあり方を学ぶ
- 安心で安全な食品をつくるための知識と技術を学ぶ
- 水生生物に関する教養を深め、社会に貢献できる人材を育成
- 偏差値55程度
家業であるうなぎの養殖を学ぶために東海大学海洋学部に進学しました。
このころから、家業を継ぐことを真剣に考えていたことが伺えますね。
しかし、大学在学中に斎藤裕仁さんの父親が体調を崩してしまいます。
そこで急遽大学中退し、鹿児島鰻に入社することになるのです。
大学中退後は?
前述したとおり、鹿児島鰻の社長・斎藤裕仁さんは大学中退後に家業である株式会社鹿児島鰻に入社しています。
この時、将来は父の会社である鹿児島鰻を継ぐことを決意します。
19歳で入社し下積みを経験。
30歳という若さで株式会社鹿児島鰻の社長に就任しました。
ここからは推測にすぎませんが、19歳で入社してから社長に就任するまでの11年間、斎藤裕仁さんは相当な努力をされてきたのではないしょうか。
会社を背負って行かなければならないというプレッシャーもあったことでしょう。
現在の斎藤裕仁さんの生活はとても派手なものに見えます。
しかし、下積みを経験し努力を重ねコツコツと積み上げてきたものが、年商40憶をたたき出す今に繋がっているような気がします。
斎藤裕仁さんは鹿児島鰻の若き社長として活躍されています。
斎藤裕仁(鹿児島鰻の社長)は甲子園出場!?

鹿児島鰻の社長・斎藤裕仁さんは神村学園での高校時代(2年生)に甲子園に出場した経験があります。
斎藤裕仁さんが高校2年生となると、2007年。
2007年の甲子園出場学校を調べてみました。
全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)2007年1回戦

全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)2007年2回戦

斎藤裕仁さんの神村学園は2回戦までかつ進んだようですね!
また、3年生の時には野球部のキャプテンを務めていました。
斎藤裕仁さんの中学時代・高校時代は、甲子園に行くことを目指してわき目もふれずに野球に打ち込む日々だったそうです。
神村学園の野球部員にうなぎを差し入れ
斎藤裕仁さんは母校である神村学園の野球部員に鹿児島鰻の特性うなぎ弁当を振る舞いました。
斎藤裕仁さんは、コロナ禍で甲子園での全国大会が亡くなってしまった出来事に心を痛めました。
それは、高校球児にとって甲子園出場はどれほど重要な意味を持っているのかを斎藤裕仁さん自身が身をもって知っているからでしょう。
甲子園に行くことを目標に、どれほど辛い辛い練習を乗り越えてきたのかも知っているからこそ、何か力になりたいと考えたんだそうです。
コロナ禍で甲子園出場の夢が消えてしまった後輩たちにこう伝えたそうです。
今、生きていられていること、ここまで来るのに支えてくださった方々に感謝の気持ちを忘れず、次の目標に向かって歩み出して欲しいです。キバレ!
引用:PRTIMES
私も、斎藤裕仁さんの後輩へ送る言葉を聞いて胸が熱くなりました。
斎藤裕仁さんの「なにか力になれることは…」と行動を起こした気持ちがひしひしと伝わってきました。
同じ夢を追いかけていた自分と重ねると、居ても立っても居られない気持ちだったのでしょうね。
きっと、母校である神村学園の高校球児の心に強く残るメッセージとなったのではないでしょうか。
まとめ
今回は、『斎藤裕仁(鹿児島鰻の社長)の学歴まとめ!甲子園出場の経歴がスゴイ!』と題して、
鹿児島鰻の社長・うなぎ王子こと斎藤裕仁さんの小学校から大学までの学歴をまとめて紹介!野球部キャプテンで甲子園出場の経験も?ということについてお伝えしました。
斎藤裕仁さんの小学校については公表されておらず特定できませんでしたが、鹿児島県曽於郡にある公立小学校に通っていたと考えます。
斎藤裕仁さんの中学・高校は学校法人神村学園です。
斎藤裕仁さんの大学は東海大学海洋学部水産学科です。
斎藤裕仁さんは幼少期から野球に打ち込み、高校2年生では甲子園出場・3年生では野球部キャプテンを務めるほどの実力を持っています。
斎藤裕仁さんについてより詳しく知りたい方は、こちらも合わせてご覧ください!
最後までご覧いただきありがとうございました。